何気なくトレイにかけ、気持ちの準備なしに、この演奏を聴くことは絶対にできない。これは質量ともに超重量級のベートーヴェンである。 ベートーヴェンの全32曲のソナタのひとつの頂点を築く、《熱情》ソナタにおける苛烈な闘志と、まばゆいばかりに輝く威厳、炸裂する内面のエネルギーのすさまじさはどうだろう! 第3楽章開始部の長いフェルマータに続く衝撃の一閃(いっせん)、コーダへなだれ込む一気呵成(いっきかせい)のクライマックスはまさに怒涛(どとう)のようだ。また、本来それほど目立たない第22番と第24番(特に冒頭、深い森の奥から立ち上るような思索の雰囲気がすばらしい…ベートーヴェンはこのソナタに大変な愛着と自信を持っていた)、そして第27番の全編にわたってみなぎる精神の“強度”が、聴く者すべてを圧倒するに違いない。スタジオ録音だが、全身全霊を込めたポリーニのうなり声は、かつてないほど大きい。 かつて若き日のポリーニは、すべての音が屹立し燦然(さんぜん)と輝いており、触れる物すべてを黄金と化してしまうかのような王者のまぶしさに聴き手は目を奪われた。いまのポリーニ(2002年6月録音当時で60歳)の音色はもっと多彩であり、どっしりとした巨木の年輪にも似た風格さえ漂わせている。誇らしげにその若いまぶしさを相変わらず振りまこうとするのではなく、作品の核をつかみ、思索し、作曲家の内面世界を体験することにこそエネルギーを注いでいる。聴き手は演奏家の音の表面的なまぶしさにとらわれるのではなく、ポリーニが突き進もうとしているベートーヴェンの作品の内奥にあるものを、ともに体験することになる。 初回プレスには特典CDとして、2002年6月のウィーン・ムジークフェラインにおけるライヴ・レコーディングによる第24番と《熱情》(聴衆を前にしたポリーニの気迫が生々しく、こちらも、全身の血液が逆流しそうになるほど凄絶!)、それに加えてインタヴュー(国内盤のみ)がついている。興味深いのは、1977年に録音された第28番から第32番までの後期ソナタを再録音したいと語っていることで、いまのポリーニのベートーヴェンの示している境地の高さを考えれば、大いに楽しみなことである。(林田直樹)
ここまで完璧なのに、なぜ共感できないのだろう。
特典ディスクについているライブに顕著であるが、ベートーベン自身が乗り移ったかの様な鬼気迫るテンポと圧倒的なダイナミック。
鳥肌が立つとともに、演奏が終わった後も完全に飲まれて呆然としている自分に気づく。
「熱情」の様な作曲者の赤裸々な魂の吐露の様な音楽のエネルギーをそのまま自己の表現としてぶつけるような演奏は嫌いではないが、天才の名にふさわしい完璧なピアニズム(それは若いときに比べ若干機械的性能に劣るとは言え)でいとも当然の様に完璧に弾ききってしまう演奏に、鑑賞後しばらくして正直違和感を覚えた。
ポリーニ達観の境地が、逆に聴衆を置いてけぼりにした感すらある。
そう、こういう曲だからこそ、もっと「音楽を語って」欲しかったと言える。
かつて、「ハンマークラヴィーア」では見事にそれを実現したではないか。
ポリーニは60歳にして、自分の新時代をこれらベートーベンのソナタで開いた。
私がそれを理解するまではあと数年はかかろうが、今は評価を星3つに留めておく。
心臓にまで響く「熱情」
この第23番「熱情」を聴き終えた後、頭の中がまっ白になり、頻脈とともに動悸をおぼえました。
完全ノックアウト状態です。
この録音(特にCD2:2002年ミラノでのLive録音の方)にはすさまじい熱が込められているのです。
私がポリーニの「熱情」をはじめて聴いたのは、'86年5月の来日公演時でした。
髪を振り乱し、眉間にしわを寄せ、汗を噴出しながらの大熱演でした。
この公演は当時FMでも放送され、エアチェックしたカセットテープで、
家宝として何度も繰り返し聴いていたものです。
あれからポリーニの演奏には丸みと深みが加わったにもかかわらず、
ここで聴かれる演奏は、
作曲者ベートーヴェンの攻撃的な一面も充分に感じさせてくれるものです。
気力・体力が充分なコンディションの時だけ聴いてください。
名曲揃い
作品54(22番)は《ワルトシュタイン》と《熱情》の間にはさまれた2楽章からなる小さなソナタ。この作品は歌劇《フィデリオ》の作曲に没頭していたベートーヴェンが片手間に作ったものではないかといわれるが、それは過小評価。独創的な佳作である。
作品78(24番)は《テレーゼ》の愛称で知られる2楽章の優美なソナタである。
作品90(27番)は交響曲第8番発表後、ベートーヴェンがスランプに陥った時期の作品であるが《テレーゼ》同様美しい旋律を持つ名曲である。後期ソナタへとつながるこのソナタも2楽章からなる。
70-80年代にラジオ放送でポリーニの《熱情》を聴いた者は「なぜもっと早く《熱情》を録音してくれなかったのか」とがっかりするかも知れない。私は若かりし頃の殺気みなぎる《熱情》を聴きたかった。この《熱情》は、私の記憶では、彼のかつての《熱情》を踏襲している。しかし、それ故に彼が技巧を失ったことが、はっきり分かってしまう。他の作品も悪い演奏ではないが、やはり衰えを感じさせる。
いずれも2002年録音。
文句なし!
皆さんレビューで書かれている通り、 もはや、「ピアノマシーン」だったポリーニは ここにはいません。勿論圧倒的なテクニックはそのまま、 奏でられる音楽が深く、心に染み入るようになった と言えば良いんでしょうか。 早く、後期ソナタの再録音が聞きたいです。 恐らく、初期ポリーニで感じた不満は 全て解消されるんじゃないか と思ってます。
王道を行く
いわゆる「王道を歩む」という言葉が相応しい演奏である。 ポリーニのベートーヴェンは実に華やかな薫りがする。 技術的には恐らく歴代の巨匠たちと比べても何ら遜色のない最高レベルにまで達しているのだろう。 音楽が一つの生命体と化し空間に響き渡るといった感があり、その生命感が躍動し続け、ポリーニの指は音の魔術をあやつるように奇跡的な動きを可能にしている。しかし、それはデモーニッシュ的なものではなく、アポロ的な明るさが宿っている。 このアルバムの聴き所は「アパショナータ」と「第24番」の剛と柔を弾きわけているポリーニの感性の聴き比べにあるのだろう。 「アパショナータ」は当時熱愛していたヨゼフィーネに捧げられた曲であるが、ポリーニのピアノはダイナミックかつロマンティックに響いている。まさしく迸る熱情ソナタといえるだろう。 それに対し「第24番」は「アパショナータ」の作曲された4年後にヨゼフィーネの姉であるテレーゼに捧げられた曲である。 こちらの方は「アパショナータ」の熱情とは正反対に清廉な高潔さの漂うもので、ベートーヴェンのこの二人への感情のあり方の違いが明確に表現されている。後期ベートーヴェンのピアノ・ソナタの濫觴的存在とも言える名曲である。 あとの「第22番」「27番」いずれも素晴らしいベートーヴェン演奏の記録であると思う。
ユニバーサル ミュージック クラシック
ベートーヴェン:後期ピアノソナタ集 ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番「テンペスト」&第21番「ワルトシュタイン」&第25番&第26番「告別」 Beethoven: Piano Sonatas ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第5~8番 ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」&第14番「月光」&第23番「熱情」
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